【ママ友ができない・いなくて孤独なあなたへ】ワンオペ3人育児でも楽しく子育てできた理由

目次

ママ友は必要だと思っていた。でも、うまくいかなくなった

子育て教室や児童館で、楽しそうに笑い合っているママたちの輪。

あのお母さんたち、どうやってあんなに仲良くなったんだろう?

3人の発達凸凹児を抱えてワンオペ育児をしていた私は、いつも不思議で仕方ありませんでした。

周りがどんどん親密になっていく中で、自分だけがずっと深い付き合いのできる相手がいないという現実。

私のコミュ力が低いのかな? 私に何か問題があるのかな?

そんなふうに、自分だけがみんなと違う世界にいるような「置いてけぼり感」を感じていました。

でも、子どもたちが成長し、ようやく誰かとゆっくり話せるようになった今、あの頃の私に伝えたいことがあります。

「あの時の私には、ママ友を作るなんて物理的に無理だった。そして、無理に作る必要もなかったんだ」と。

今回は、孤独と疎外感を感じながらも、「ママ友ゼロ」で楽しく子育てできていた理由をお話しします。

ママ友づくりに、最初はとても前向きだった

長女が生まれて2か月頃、第一子限定の子育て教室に参加しました。

そこには、わが子と同じ月齢の第一子ママたちが集まっていて、半年ほどかけて複数回開催される教室だったため、自然と顔見知りが増えていきました。

初めての育児で不安だった私は、同じ月齢の子をもつママと知り合えたことがとても心強かったです。

子育て教室では、近くで開催される子育てイベントの紹介や、プレイルームの開放などもあり、親しくなったママと一緒に別のイベントへ参加することもありました。

子どもがまだ自分で動けない時期は、ママたちや保育士さんと楽しくお喋りをしたり、子育てについて相談に乗ってもらったり。

こうやって、自然にママ友ってできていくんだな」当時の私は、何の疑いもなくそう思っていました。

子どもが動き出してから、居場所がなくなっていった

ところが、長女が自分で動き出した頃から、状況は一変しました。

長女はかなり我が強く、こちらの思い通りにはまったく動いてくれません。

今振り返ると、多動傾向が強く、癇癪も激しかったように思います。
思い通りにならないと手が出てしまうこともありました。

行きたい場所へ行き、使いたいおもちゃがあれば、誰かが使っていようと構わず取ってしまう。

そのたびに相手の子を泣かせてしまい、私は慌てて謝ることの繰り返しでした。

子育て教室での、親子で輪になって行う手遊びや体操の時間も、娘はまったく参加できません。

一か所にじっとしていられず、気になる場所へ動き回る娘を、私はただ必死に追いかけるだけ。

輪の中に入れず、毎回「恥ずかしい」「いたたまれない」という気持ちを抱えるようになっていきました。

以前は話してくれていたママたちとも、ゆっくり話す余裕はなくなり、プレイルームでは「よその子のおもちゃを取らないか」「ぶつかって転ばせないか」と、常に娘の後を追いかける日々。

他のママたちが、子どもを見守りながら楽しそうにお喋りしている中で、私は次第に、疎外感を感じるようになっていきました。

「外に出なきゃ」と思うほど、人を避けるようになった

専業主婦でずっと家にいた私は、「子どもは外で遊ばせなければ」と毎日義務感のように子どもを外へ連れ出していました。

でも、「他の誰かがいる場所では気を使って思う存分遊ばせてあげられない」と行き着いたのは、人のいない場所でした。

  • 人影のない早朝の公園
  • 人通りの少ない、静かな散歩道

あんなにママ友が欲しかったのに、気づけば私は自ら人を避けるようになっていました。

よその子が子ども同士で楽しそうに遊んでいる姿や、子どもを見守りながら楽しそうにお喋りしているママ達を見るのが辛い。

自分の子がトラブルを起こさないか一瞬も目が離せず、気を張り続けることに疲れた。

ママ友を作る余裕なんて私にはなく、迷惑をかけないようにと「人から遠ざかっていく」ことでなんとか自分の心を守っていました。

ママ友ができないのは、私のせいだと思っていた

ママ友がいないのは「私に何か問題があるからかな」「コミュ障だからかな」。

まわりの仲良さそうにしているママたちを見ては、ずっとそんなふうに思っていました。

でも、3人の育児を経て確信したことがあります。

「ママ友ができるかどうかは、子どものタイプと環境で大きく変わる」ということです。

じっと座っていられない、目が離せない、こだわりが強く癇癪を起す。

そんな特性を持つ子を育てながら、優雅に立ち話をしたりなんて不可能です。

ましてや、下に兄弟がいればなおさら。

子どもがおとなしいタイプか預け先がないと、ランチやお茶を楽しむのも難しい。

当時の私に足りなかったのは、社交性ではなく、ただ単に「心の余裕」だったのです。

じっと座っていられない、こだわりが強い、癇癪が激しい。 わが家の3人の子どもたちは、それぞれ発達の凸凹を抱えています。

特に、次女が2歳という早さでADHDの診断を受けた時は、あまりのショックに目の前が真っ暗になりました。

私がどのようにしてその事実を受け入れ、今の前向きな気持ちになれたのか。
当時の葛藤については、こちらの記事で詳しくお話ししています。

それでも、ママ友がいなくて困ったことは一度もなかった

誤解を恐れずに言えば、私はママ友がいなくて寂しいと思ったことはありますが、「困ったこと」は一度もありませんでした。

むしろ、ママ友がいないからこそ良かった面もありました。

  • 誰にも気を遣わず、わが子のペースで動けた
  • 子どもが癇癪を起したり周りに迷惑になると判断したら、すぐに帰宅できた
  • よその子と比較して落ち込む回数を最小限に抑えられた

多動で衝動的なわが子たちにとって、決まったグループで行動することは、おそらく大きなストレスになったはずです。

何よりも、自分自身がそんな状況には耐えられなかったと思います。

ワンオペで3人を連れて歩くのは確かにハードでしたが、誰かに合わせる必要がない「自由さ」は、凸凹のある子育てにおいて、最大のメリットになりました。

今だから思う。ママ友がいなくても、子育てはできる

もちろん、信頼できるママ友がいるのは素敵なことです。

家族ぐるみで遊んだり、悩みを共有したりできる関係には今でも憧れます。

けれど、それは「必須」ではありません。

子どものタイプや、家庭の状況によっては、ママ友を作らない(作れない)時期があってもいい。

一番大切なのは、私自身と、目の前の子どもたちが笑っていられること。

「今日は誰とも話さなかった」それは、私がわが子だけと全力で向き合った証拠。

そう思えると、自分が誇らしく感じることができました。

同じように悩んでいる人へ

末っ子が入園し、ようやく誰かとゆっくり話すことができるようになった今思うこと。

それは、あの頃の私には深い関係を築くための「時間」も「心の余白」も、1ミリも残っていなかったということ。

目が離せない3人を連れて、常に神経を尖らせていたあの頃。

私に必要だったのは、誰にも気を遣わずに過ごせる環境と、ただ「今日を無事に終えること」でした。

もし今、周りがどんどん親密になっていく姿を見て「自分だけが取り残されている」と感じている方がいたら、伝えたいです。

信頼し合えるママ友がいることは素晴らしい。でも、ママ友がいてもいなくても、子育ては楽しめる。

今のままのあなたで、胸を張って子育てをしていきましょう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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